コラム

2017.02.10

茂木健一郎×林要 特別対談(中)
3歳のときの「思い込み」が、鈴木一郎をイチロー選手にした

自身のランニング体験について綴った『走り方で脳が変わる!』を出版した茂木健一郎さんと、感情認識ロボットPepperの元開発リーダーで、現在はGROOVE Xという会社を立ち上げて新たなロボットを作っている林要さんの対談。第2回のテーマは「個性」。個性を活かすことがイノベーションの鍵となるが、日本の学校や企業は個性をつぶす方向に教育およびマネジメントされていることが多く……。個性が尖った人、一般的な人、どちらも活躍する社会をつくるにはどうすればいいのかについて、二人が語る。(構成:崎谷実穂、写真:榊智朗)

茂木健一郎×林要 特別対談(中) 3歳のときの「思い込み」が、鈴木一郎をイチロー選手にした

「思い込み」が個性になる

茂木 僕は、個性とイノベーションは大きな関係があると思っているんです。林さんは、自分の能力の特異点はどこだと思いますか?

林 うーん、思い込みですかね。人の個性と言われているものは、思い込みに近いんじゃないですか?

茂木 ほう、ご自分でそうおっしゃるのがおもしろい(笑)。

林 例えば、イチローが人工知能だったらあの人生を選択しないと思うんです。自分とメジャーリーガーとの体格差などを考慮したら、メジャーに挑戦して勝てる可能性は極めて低いと計算されるでしょう。そもそも、選手人生における怪我のリスクなどを考えたら、野球選手になるという選択肢も選ばないかもしれない。でも、彼は子どもの頃に「野球選手になる」と思い込んだから、あそこまで大成したわけですよね。

茂木 インタビューで聞いたのですが、中日ドラゴンズの試合をほんの3歳の頃に見て、それから練習を始めたんですよね。野球選手が自分のスターだと思い込んだ。

林 そういう不合理な思い込みが個性になって、限界を突破する能力が出るんだと思います。

茂木 それは、いまバズワードになりつつある「グリット」、最後までやり抜く力の話につながりますね。

アンジェラ・リー・ダックワース 「成功のカギは、やり抜く力」

林 それは、重要なポイントですね。

茂木 グリットについては、元教師の心理学者・アンジェラ・リー・ダックワースが研究をしていて、IQや才能とは関係なく、「物事に対する情熱」「目的を達成するために長い時間、継続的に努力する力」がある人が成果を出すという結果が出ているそうです。画家のアンリ・ルソーなどが典型ですよね。彼はずっと周りから絵が下手だと言われ続けていたけれど、税関の職員を務める傍ら、ずっと描き続けた。そして今では巨匠として名を残しています。下手だと言われても描き続けられるのは、もう思い込みでしかない。

林 そうですね。思い込んで、粘り強く頑張るから、個性が生まれ、イノベーションが生まれる、ということかもしれませんね。ところで、粘り強くがんばれるときって、コンプレックスがもとになっていることもありますよね。必ずしも、恵まれた境遇に育った人が成功するわけではない。

茂木 林さんは、なにかコンプレックスがあるんですか?

林 そうですね……意味記憶の記憶力が悪いこと、でしょうか。学生時代はそれがものすごいコンプレックスでした。九九さえも、なかなか覚えられなかったんです。クラスで下から2番目に習得が遅かった。歴史の年号とかもダメでした。

茂木 英語はどうですか?

林 英単語などが覚えられないので、ダメでしたね。僕は社会人になった時のTOEICのテストが248点だったんですよ。TOEICの満点が990点で、4択問題だから、1から4の番号を書いたカードをあてずっぽうに引いて番号を書いたのと同じくらいの点数だってことです(笑)。

茂木 確率的にね(笑)。今でも英語は苦手ですか?

林 それが、ドイツでF1のエンジニアとして働く機会を得て、変わったんです。渡独した当時はまだ全然話せなくて、他のエンジニアと意見が対立したときに、明らかに相手が間違っているのにちゃんと反論できなかった。それが悔しくて、涙がポロッと出ました。30歳過ぎても、こんなに悔しくて泣けてくることがあるんだなと。それで、このままではいけないと猛勉強した結果、英語で議論ができるようになりました。

偏った人を活かすマネジメントを

茂木 単語が覚えられないというのは、ある特定の能力が欠落しているということだと思うんです。そういう場合、何か別の能力が過剰に発達するケースがある。例えば、文字の読み書きに著しい困難を抱えるディスレクシアの方は、音で聞いて話を理解する能力が突出していることが多いんです。そういう欠落に、僕はすごく興味があります。

林 つまり、それが個性になるんですよね。僕は日本でイノベーションが起こりづらい原因の一つに、個性を活かす教育が不足していることがあると考えています。欠落を矯正する教育になっているというのでしょうか。欠落が個性だとすると、それを標準化する方向に教育されてしまう結果、抜きんでた個性が生まれづらくなっているのかもしれません。

茂木 ああ、それは120%同意ですね。

林 これは僕の経験知ですが、エンジニアの仕事は、自閉症スペクトラムの傾向がある人がすごい能力を発揮する傾向があると思います。でも、そういう方々は対人コミュニケーションが苦手なことにより、学校教育の中ではネガティブな評価を与えられてきているんです。

茂木 そうでしょうね。数理的な能力が高いことは、社会的な適合にはつながっていないですよね。

林 アメリカ西海岸のFinTech界隈のシステム開発などは、むしろ積極的に自閉症スペクトラムの方々を集めているから強い、という話も聞きました。日本企業だと、新卒採用のグループワークや面接で、そうした能力の高い人を落としてしまうんじゃないでしょうか。

茂木 僕は大学のAO入試が、そうしたアウトサイダーの受け皿になると考えていたんです。でも、日本だと「人物重視」というと、高校の成績がまんべんなくよくて、面接で自分をアピールできる人が受かるみたいですね。

林 本当は、能力によって分業するべきなんですよ。コミュニケーションに長けている人が、開発の実作業で成果を出せるかというとそうではない。そういう人たちは、開発能力の優れている人たちが働きやすいよう、マネジメントをする方にまわればいいんです。機械などはちゃんと機能によって何をやるべきかが決まっているのに、人間はその先の仕事の性質に合わせて採用し、分業させないのかが謎です。

茂木 まったくもってそうですね。

林 そもそも小学校から高校までの学校が、まず標準の箱に入れてみんな一緒に教育するというのが問題ですよね。何が得意なのか仕分けて、別々の箱に入れるところからスタートして、それぞれの特性を伸ばしていくべきだと思います

茂木 プログラミング言語のRubyを開発したまつもとゆきひろさんって、高校3年のときの数学の成績が1だったそうなんですよ。しかも、謙遜なさっているのかもしれませんが、プログラマとしても特別に優れているわけではない、と。でも、高校生からプログラミング言語を10個以上独学で学んで、最終的にRubyをつくりだした。つまり、プログラム言語の仕様を考えるという能力が突出していたわけです。この能力は、学校教育では見つけられづらい。でもこれからは、そういう能力を活かしていくような教育をしないと。

林 そうですね。

茂木 今の日本だと会社に入ってからも、何かが欠落したまま標準的な箱に入れられて働くことになる。それは大変ではありませんでしたか?林さんはそういう環境において、どうやってサバイブしたんですか?

林 人と意見が食い違って、反対されるのはまだいいんですよね。私が一番つらかったのは、がちがちに細かくマイクロ・マネジメントをする上司の下についたときですね。すごく優秀な上司だったのですが、とにかく性が合わなくて、恥ずかしながら、30歳をすぎて何回かおねしょをしてしまいました……。

茂木 ものすごいストレスだったんですね……。

林 自分は普通の仕事がこんなにできないのか、と落ち込む日々でした。
でも、苦手なマイクロマネジメントも、繰り返しやることで慣れて、一応できるようになったんですよ。人間は何事も、繰り返し学習するとできるようになるんですね。今では、「これだ!」と思ったら深く考え過ぎずにやってしまうという軸と、細かくプロセスをマネジメントするという全く異なる2つの軸を持っていることが、自分の強みになったと思っています。

フォロワーの喝采がパイオニアの勇気になる

茂木 まさに過酷な環境下で生き残って、強くなったという物語ですね。でも、全員が全員そうなれるわけではない。こういう話をしていると「変人讃歌」だと思われて、変人じゃない人は関係ないと思われてしまったりする(笑)。あまり共感を得られないんですよ。

林 そうでしょうね(笑)。でも、もちろん「変人じゃない人」ってめちゃくちゃ重要なんです。それこそ、分業、役割分担ですよね。尖ったところがない人、一般的な人は、尖った人たちを活かすマネジメントの立場に立てばいいんです。全員が変人では、組織が成り立たないし、イノベーションも起こせないですよ。


茂木 そうですよね。ニューロティピカル(神経学的に典型的な発達をした人)は、変人を活かす方向に能力を使えばいいんです。

林 以前、脳科学者の中野信子先生と対談した時に、日本人は「自分基準で意思決定をすることに幸せを感じる人」が27%で、「前例やルールに従いたい傾向の強い人」が73%という調査結果があると聞きました。つまり、パイオニア気質の人が27%、フォロワー気質の人が73%ということですよね。これが、アメリカだと半々くらいになるそうです。フォロワー気質の人が多いから、どうしてもパイオニア気質の人のことは理解できないし、その芽をつぶしてしまいがち。でも、そういう人を活かしたほうがいいという考え方が社会に浸透すれば、すごくうまくまわる比率だと私は思います。

茂木 ほう、おもしろいですね。僕は、そのフォロワーの性質が、アメリカと日本で違うと感じるんですよ。1984年に、アップルがマッキントッシュを発表したときの動画がYouTubeに上がっています。それを観ると、マッキントッシュについての発表が終わる少し前から、すごい歓声が上がってるんです。その聴衆の反応の速さに感動します。アメリカ文化のすごいところは、本当にいいものに対して、素直かつ熱狂的にフォローするところだと思うんです。

林 それは、やっぱりパイオニアとフォロワーが半々、ということも関係しているでしょうね。聴衆の中にも、自分自身で道を切り開いてきた人がいる。だからこそ、壇上のパイオニアの挑戦に素直に共感して、拍手喝采をおくるのでしょう。

茂木 たしかにそうですね。

林 パイオニアとフォロワーが半々というのが、アメリカの新しいものへの反応のよさを生んでいるとすれば、日本はどうか?私は、パイオニアとフォロワーが3:7というのは決して悪くないと思うんです。アメリカほど反応はよくないかもしれませんが、7割のフォロワーが共感してくれたらアメリカよりも大きなパワーが生まれると思うからです。

茂木 なるほど。たしかに、それはあるかもしれない。とはいえ、3割のパイオニアが、もっと元気にならないといけないですね。

林 そうですね。それで、パイオニア、つまり自分が道を切り開く側になるかどうかは、経験で決まると思うんです。「気質」と言いましたが、これってかなりのところが、学校教育で植え付けられていると思うんですよ。小学校から大学の学部生まで16年間、「答えがあることを効率的に解きましょう」、そして「危ないことはやめましょう」ということを徹底的に教えられる。そうしたら、生来の気質と関係なくリスクがとれなくなっても不思議じゃない。むしろ、失敗すること、怪我することの意義を教えるべきだと私は思います。

茂木 教育論の一つとして、なるべく早く失敗をさせるというものがあります。たしかに、失敗しないまま16年間生きてきたら、リスクはとれないでしょうね。

林 自分の次の一歩を変えるのは、自分の経験だけです。もっと多様な経験をするような教育がこれからの学校には求められると思います。


出典:ダイヤモンド社 書籍オンライン Copyright © 2016 DIAMOND,Inc. All rights reserved.

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著者紹介

  • 茂木 健一郎

    茂木 健一郎

    1962年、東京都に生まれる。脳科学者、理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学の研究員を経て現在はソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」=感覚の持つ質感をキーワードに「脳と心の関係」を研究している。2005年に小林秀雄賞、2009年に桑原武夫学芸賞を受賞。著書に『走り方で脳が変わる』(講談社)、『脳とクオリア』(日経サイエンス)、『心を生み出す脳のシステム』(NHK出版)、『ひらめき脳』(新潮新書)ほか。2015年刊では『結果を出せる人になる!「すぐやる脳」のつくり方』(学研)、『頭は「本の読み方」で磨かれる』(三笠書房)などがある

  • 林 要

    林 要

    1973年愛知県生まれ。東京都立科学技術大学(現・首都大学東京)に進学し、航空部で「ものづくり」と「空を飛ぶこと」に魅せられる。当時、躍進めざましいソフトバンクの採用試験を受けるも不採用。東京都立科学技術大学大学院修士課程修了後トヨタに入社し、同社初のスーパーカー「レクサスLFA」の開発プロジェクトを経て、トヨタF1の開発スタッフに抜擢され渡欧。帰国後、トヨタ本社で量販車開発のマネジメントを担当する。そのころスタートした孫正義氏の後継者育成機関である「ソフトバンクアカデミア」に参加。孫氏の「人と心を通わせる人型ロボットを普及させる」という強い信念に共感。2012年、人型ロボットの市販化というゼロイチに挑戦すべくソフトバンクに入社、開発リーダーとして活躍。開発したPepperは、現在のロボットブームの発端となった。同年9月、独立のためにソフトバンクを退社。同年11月にロボット・ベンチャー「GROOVE X」を設立。著書に『ゼロイチ』(ダイヤモンド社)

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