コラム

2017.05.12

ことなかれな時代への劇薬―映画プロデューサー・川村元気さんは『「週刊文春」編集長の仕事術』をこう読んだ

「週刊文春」の現役編集長が初めて本を著し話題となっている。『「週刊文春」編集長の仕事術』(新谷学/ダイヤモンド社)だ。「君の名は。」などのヒットで知られる映画プロデューサーであり、作家の川村元気氏も本書に感想を寄せてくれた一人だ。今回は、その一部始終をお届けする。

本当に怖い人は明るい

――そもそも川村さんと新谷さんはお知り合いなのですか?

四月になれば彼女は

四月になれば彼女は

著者:川村 元気
出版社:文藝春秋
定価:1,512円

川村(以下略):一度、じっくりお話をする機会がありました。僕が週刊文春で連載していた小説『四月になれば彼女は』が終わった後の打ち上げです。映画がお好きな人なので、そのときは映画の話ばかりしていたような気がします。

初めてお会いしたときのこともよく覚えています。あの週刊文春の編集長ですから、どう考えても「見た目が怖い人」が来ると思うじゃないですか。そうしたら、底抜けに明るい人がやって来たわけです。拍子抜けすると同時に、かえって怖いなと(笑)。本当に怖い人は明るいし、本当に怖い人は一見すると優しいし、本当に喧嘩が強い人は相手を威嚇しないものです。

この『週刊文春編集長の仕事術』を読んでいても思いましたが、新谷さんが愛してやまない映画「仁義なき戦い」そのまま。「切った張った」の任侠映画を地でいく人というイメージです。いまの時代とはそぐわない生き方をしている腹の座った人。おもしろい編集長だなと感じたことを記憶しています。

――川村さんの『四月になれば彼女は』は、週刊文春で連載されていたのですね。

そうです。そういえば「週刊文春ならでは」の話がありますよ。この小説は、9年前に付き合っていた女性から手紙が届くところから始まるのですが、そのくだりが掲載された号が、ベッキーさんからの手紙が載った号だったのです。僕の小説の中の手紙よりも強烈な手紙が届いてしまった(笑)。でも、そういう人間の喜怒哀楽にまみれている場所でこういう恋愛をテーマにした小説を書けたことは、非常にいい経験だったと思います。

僕は小説を書くとき、掲載する媒体に引っ張られたいと思っています。お金にまつわる話を書いた『億男』は「BRUTUS」という雑誌でした。だからなのか、落語的なもの、お金のカタログ的なものというイメージの小説になりました。今回は恋愛小説ですが、媒体が週刊文春だったので、単純にきれいな恋の話ではなく、「現代人をどう切り取れるか」ということを意識しながら書いていました。

「恋愛できない話」「恋愛で人が壊れていく話」「人はいつまでたっても色恋から逃れられない話」……こういうテーマが浮かんだのも、週刊文春で書く以上、嘘は書けないと考えたからだと思います。なぜ「その場所」で書いているのかを考え、それに意図的に引っ張られたほうが、おもしろいものが生まれるような気がします。

――たしかに「痛いところを突いてくるな」と思いながら拝読しました。大人になると、恋愛や幸福に関することは「言わない約束」「触れない約束」になっているのに、あえて傷に塩を塗り込んでくるように、ぐいぐいと迫られる感じが強烈ですね。

本当に怖い人は明るい

思っているけれど言えないこと。わかっているけれど言わないようにしていること。たとえば、妻のことをまったく愛していないことをはたして認められるのか?そもそも自分のことしか好きになれないことに向き合えるのか?多くの人が「そこには触れないで!」と思うことに触れようと思ったのも、週刊文春という媒体で書いたことに引っ張られたからだと思います。人間の剥き出しの本性が暴かれている場所だから、そこにきれいごとだけを書いている小説が並んでも意味がない。そんな感覚でしょうか。

しかも今回はドキュメンタリー的な小説ということで、相当な取材をして書いています。そんなこともあって、新谷さんの本は刺さりました。とくに「『論』より『ファクト』で勝負する」という考え方が、すごく印象に残っています。

週刊文春の現場は言うまでもありませんが、『四月になれば彼女は』にも、リアルな「ファクト」は通底しています。一般に、ビジネス書は「こういう考え方に変えていこう」「ビジョンや理念を持とう」など、どうしても抽象的で哲学的な話になってくるもの。でも、新谷さんは哲学的なことよりも「俺はこうやってきた」「俺はこうやっている」という圧倒的なファクトの積み重ねだけを書いていて、読者に強烈なインパクトを与えています。そこが新谷さんらしいと思いましたし、ファクトを積み重ねていくと映画的になることを発見しました。だから僕は、この本を「映画のネタ本」としても読みました。

――ファクトの積み重ねという意味で、印象に残ったエピソードはありますか。

山崎拓さんとのくだりはやっぱり強烈ですよね。ファクトとファクトの行間に、人間対人間の機微が出ていて、印象に残りました。現役のころのエピソードだから、余計にそう思ったのでしょう。
週刊文春は芸能スキャンダルが目立ちますが、政治的な話題にも突っ込むところが特徴だと思います。僕が連載小説を書いている間にも、甘利明氏、舛添要一氏、宮崎謙介氏など、さまざまな政治家が記事になっていました。結局、ポイントは「人」なんでしょう。芸能であろうが政治であろうが「だってにんげんだもの」みたいなところを暴いていく。しかも、記事を書く側の人間がすこぶる明るい。これは怖いですよ。

僕も実は「ことなかれ」派なんです

僕も実は「ことなかれ」派なんです

新谷さんは、ジャーナリストの立花隆さんの名言をひいて「ことあれかし」と書いています。何かが起きないかなと期待する気持ちを「ことあれかし」と言うそうですが、新谷さんは「ことなかれ」はジャーナリストの敵と言い切っています。「ことあれかし」のスタンスで集めたファクトを吟味し、そのファクトをさらに詰めていくのですから、強烈なインパクトになるのも当然ですよね。

僕は『四月になれば彼女は』の主人公を「ことなかれ」なヤツと設定しました。自分で決められない。自分にとって何が大事かもよくわかっていない。自分の目の前の婚約者のことも愛しているかどうかわからない。現代人の恋愛観が「ことなかれ」病にかかっていると思うところがあるからです。

なるべく変わりたくない。何も起きてほしくない。うまくごまかしてやり続けたい。そんな「ことなかれ」病に冒された人にとっては、新谷さんの言う「ことあれかし」は非常に大きなストレスになります。でも、そこで起こった変化や出来事が人を大きく変え、前向きにすることもあります。「ことあれかし」で生きていくことが、人間の明るさや前向きさにつながっていくともいえる。

結局「ことなかれ」で生きていると、絶えず「何かが起きたらどうしよう」と怯え続けることになります。何かが起きたときに嫌だと思うか、おもしろいと思うかで、人生は変わると思います。それは新谷さんも同じだろうと思いました。ファクトを積み重ねるのも、ファクトが人生をおもしろくしてきたという確信があるからかなと。

――川村さんは、昔から「ことあれかし」派ですか?

いや、僕は基本的に「ことなかれ」派なんですよ。そういう自分がわかっているから、バックパックを担いでわざわざ海外に行ったのです。好き好んで酷い目に遭ったり、予想外のトラブルに巻き込まれたりするのも、放っておくと安穏として、なるべく大過なく生きていたいと考える自分を自覚しているからです。「ことなかれ」は、人をゆるやかに地獄に運んでいきます。強制的に状況を変える、トラブルに巻き込まれるなど、自分の力ではどうにもならない状況をつくって、自分を変えたいと思っているのです。

――川村さんのようにものすごい結果を出している方が実は「ことなかれ派」であるというのは勇気になります。新谷さんは生まれ持った「ことあれかし派」のような気がするので、真似できないと思っていました。

やっぱり、なるべくさぼりたいじゃないですか。なるべく何もしないでのんべんだらりと生きたいじゃないですか。だから僕は、何もしなければ任侠映画で最初に死ぬ端役になるでしょうね。だからこそ、そういう自分を懸命に鼓舞し、面倒くさいことが起きることを待つのです。そういう点からすると、新谷さんとは違うアプローチで生きていると言えます。

「順接」ではなく「逆接」に物語がある

――そんな川村さんが、仕事で大事にしているのはどんなことですか?

川村元気さんの最新作『四月になれば彼女は』は文藝春秋より絶賛発売中。

予定調和にならないようにしています。ただ、そもそもこの「予定調和」という言葉が予定調和っぽいので、最近は「順接」と「逆接」という言葉で表現するようにしています。つまり「夏は暑いよね」という「順接」をなるべく言わないようにして、むしろ「夏なのに寒くない?」という「逆接」で考える。実際、夏なのに寒いことはあるし、そんな逆説にこそ「物語」がありそうだと見ているのです。

だいたい、人間はそれほど順接的な生きものではないですよね。週刊文春と新谷さんに寄せて考えると、順接的であればスキャンダルなんて起こらない。でも、人は愚かな行動をするものです。人間が逆説的な生き方をしてしまっているから、そういうものを描きたいと思っているのです。しかも、いかにも逆説的ということではなく、よく見たら逆説的だったというギリギリのラインを狙いたい。

小説「四月になれば彼女は」でも、好きな女の子が雨の中を走って行くのを追いかけないシーンがあります。普通、ドラマでは追いかけますよね。ずぶ濡れになりながら。追いついたときに物語が生まれるのはわかるのですが、追いかけないという逆説から生まれる物語のほうがおもしろいと思っているのです。

物語がいかに予定調和に陥らないでいられるかということは、フィクションをつくる世界の人たちの課題になっています。それは、新谷さんをはじめとするノンフィクションの世界で、あまりにもドラマチックなことが起きるからです。そもそも「ありがとう文春」などという言葉を、小説や映画のセリフとして書けないですよ。

――最後に、川村さんがこの本の編集者だったら、今後どういう人をターゲットに広めますか?

エンターテインメントが好きな人でしょうか。新谷さんを「映画的な生き方をしている人」として読めばおもしろいでしょう。破天荒な生き方をしている人が減ったなか、ここまでやって毎日生きている人がいる。そんな積み重ねの迫力におもしろさを感じてほしいですね。

もう一つ。新谷さんは人に怒られるのが平気みたいですね。普通は怒られるのが嫌だから「ことなかれ」になっていきます。でも新谷さんは、その感覚が子どものころで止まっているのかもしれません。それが「ことあれかし」なのだと思います。そういう意味では、現代の「ことなかれ」に陥っている若い人に読んでもらい、どのような反応が返ってくるかを見てみたいですね。

――ありがとうございました。


出典:ダイヤモンド社 書籍オンライン Copyright © 2016 DIAMOND,Inc. All rights reserved.

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著者紹介

  • 川村 元気(かわむら・げんき)

    川村 元気(かわむら・げんき)

    映画プロデューサー、作家。1979年、横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業。2005年、映画「電車男」を企画・プロデュース。以後、「告白」「悪人」「モテキ」「おおかみこどもの雨と雪」「寄生獣」「バケモノの子」「バクマン。」「君の名は。」「怒り」「何者」などの映画を製作。11年に優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。12年、小説『世界から猫が消えたなら』で作家デビュー。著書に、『億男』『仕事。』『理系に学ぶ。』『超企画会議』など。最新小説『四月になれば彼女は』(文藝春秋)が発売中。

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